【9月11日 という日に...】

 【9月11日という日】


        911 という日に....


        忘れていました。  2001年 9月 11日。
        朝、ブログ『12月20日の胸騒ぎ』 を見て 8年前の今日という日を思い出しました。

        あの夜は 大きな台風が来ていましたので、私はめずらしくテレビの前に居座っていました。
        突如 速報が流れ始めました。   画面が変わり---- 
        ガチガチとからだを振るわせながら、うそでしょ うそでしょ ...とつぶやきながらTV
        モニターに映し出される あの地獄絵を見たこと、 いえ、しばらくはその映像を恐ろしいとは
        思いませんでした。  そう...まるで映画を観ているようでありました。

        当時ニューヨークで暮らしていた qoochanさんの ブログエントリー ※です。
        良い天気であることはTVで見て分かってはいましたが、8年前のあの日は 本当に抜ける
        ような青空の日だったんですね。  秋の青空を見て、悲しくなる人や、qooさんのように不安に
        なる人がいるのですね.....

        平和って。 。 。     
        命って。 。 。
        愛って。 。 。





        YuoTubeのチャンネル機能のひとつに 「お気に入り」 があります。
        みなさん たくさんのお気に入りを入れていらっしゃいますが、私はずっと、唯一この1本だけです。
        同時多発テロのあの日、まっ先にビルの中へ救助に入り、亡くなったレスキュー隊の方が残された
        詩です。  そして これは その方が 同時多発テロより前に書かれたものなのです。
        柔らな文章で綴られています。
        あまりに 柔らで、優しい文章だから    だからよけいに 涙が溢れ止まりません。

        今日を思いきり生きよう。   
        大切な人を、 愛しき人を、 今 思いきり愛そう。  と このビデオを見るたび思っています。



 If I Knew It Would Be The Last Time
by Norma Cornett Marrk

「最後だとわかっていたなら」


http://www.youtube.com/watch?v=CX5iZx7FIok 






  If I Knew It Would Be The Last Time

                           by Norma Cornett Marrk ----------------


  「最後だとわかっていたなら」      
                                      翻訳 佐川 睦さん


     あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら

     わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
     神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう


     あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら

     わたしはあなたを抱きかかえてキスをして
     そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう


     あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら

     わたしはその一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう



     確かに いつも明日は やってくる
     見過ごしたことも取り返せる 
     やり間違えた事もやり直す機会が いつも与えられている

    「あなたを愛している」と言うことは いつだってできるし
    「何か手伝おうか?」と声をかけることも いつだってできる

     でも もし それがわたしの勘違いで
     今日で全てが終わるとしたら

     わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

     そして私たちは 忘れないようにしたい
     若い人にも 年老いた人にも 
     明日は誰にも 約束されていないのだということを

     愛する人を抱きしめるのは 今日が最後になるかもしれないことを

     明日がが来ることを待っているなら  今日でもいいはず

     もし明日がこないとしたら
     あなたは今日を後悔するだろうから

     微笑みや 抱擁や キスをするための
     ほんのちょっとした時間を どうして惜しんだのかと

     忙しさを理由に その人の最期の願いとなってしまったことを
     どうしてしてあげられなかったのかと



     だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう

     そして その人を愛していること
     いつでも いつまでも 大切な存在だと言うことを そっと伝えよう





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8 Comments

きょん  

コメント

今日は読んだあとにコメントを書いては消し、書いては消し・・でなかなか送信できずにいました。

気持ちを表現するって難しいな。
書きたいこともわからなくなってきたり。。

結局最後に送るのはシンプルに

みなひとつ

いつも感謝を忘れずに

1日1日を大切に


これがなかなか・・
難しいぃ。

2009/09/11 (Fri) 19:24 | EDIT | REPLY |   

zoi  

きょんさんありがとう (Re: コメント)

きょんさん コメント ほんとに ありがとうございます。

> 今日は読んだあとにコメントを書いては消し、書いては消し・・でなかなか送信できずにいました。

↑↑それなのに会えて書いてくださって ありがとうございます。
テロとか 戦争 だとか、、、どうしても 重いものになってしまいますし、特に私たち現在の日本人は
平和ぼけ しすぎてしまっていますから、みんなが それを 無意識のうちにさけてきたと思うんですよ。(私もそうです) 
私、最近変化してきていまして、 やはりさけるのではなく、他国の方たちのように 語り、考えることをしなくちゃならないのではと思うようになってきました。
平和を語ったり、愛を、命を、語ることは 現日本においては、かもすれば ダサイ と受け取られますが、それではいけないな~  なんてね。^^;


> これがなかなか・・
> 難しいぃ。

そうですよねっ! とても 難しい。 難しいから避けるのではなく、こうした機会に改めて意識し直すということが大切なのではないかな~  なあんて、ねっ(笑)

2009/09/12 (Sat) 10:13 | EDIT | zoiさん">REPLY |   

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2009/09/12 (Sat) 14:46 | EDIT | REPLY |   

zoi  

鍵コメさんへ☆ (Re: 抜けだしたい自分)

性格や考え方、感じ方、は皆違って当然ですよね。。。。
私は学生時代からずっと 仲良しの友達から 【バカ真面目!、真面目すぎるからそんなことまで悩んだりしてしまうんだよ】 を繰り返し言われ続けています。^^;
まじめ なのではなくて、バカがつく方の どっともならないタイプのように思われているようです^^;

そんな 本当の自分をみんなの前でだしちゃうと、ダサイ奴だと思われたり、敬遠されるのではないかと心配になったりで、いつも一生懸命 軽く明るいキャラを演じるよう努力していました。

ですが、考えてみると やっぱり 一生懸命 自分のこと以外について 考えたり、悩んだりするということは、回りからバカにされるべきことではなく!! 
ただ... 現在の日本の風潮がそうであるだけで...
真剣さや イッショケンメ さが バカにされたりすることは やはり正しくないよな~ と、子育てをしつつ、いつも考えてきました。 ですから、うちの息子たちは、大きくなる過程で山ほど、---戦争とは、平和とは、自然、野生の生き物について~---  などなど この母からの語りをうんざりするほど聞かされています。^^;
現在の世の中はどうであれ、 大切な息子たちには、 そういうことを 考えられる、そして無関心ではいない そんな大人になってもらいたくて、、、、、
親の思う通りに子供は育ちはしませんが、親の想いのいくらかは 伝わっていると 信じています(笑)

こんな エントリーに お付き合いくださって とてもうれしいです。 ありがとうございました。

  

2009/09/12 (Sat) 15:21 | EDIT | zoiさん">REPLY |   

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2009/09/12 (Sat) 18:01 | EDIT | REPLY |   

zoi  

鍵コメ様 へ (Re: 感謝)

こんばんは! 鍵コメ様! コメントありがとうございます。

このヒョクを綴っているブログを私はとても大切にしています^^;
ブログにとって いただくコメントが命であると いつも思っています。
心を乗せて 書いてくださった コメント ブログとともに大切にしまっておくことができます。
こちらこそ ありがとうご゛さいました。

2009/09/12 (Sat) 23:37 | EDIT | zoiさん">REPLY |   

oso  

たった5日お邪魔しなかっただけなのに,ずいぶん日にちが過ぎたような気がします。

母が突然天国に召されました。
朝,「行ってきます」と言った私に「行っていらっしゃい」と声をかけてくれた母は,午後,「ただいま」の言葉に応えてくれはしませんでした。

午前中,自身の母の命日でお経を上げに来てくださったお寺さんにお茶をだしたその日の夕方,まさか自分自身の枕経を読んでいただくことになろうとは!

気分が悪いといって出かけた先の医師から大きな病院を紹介され,父の車で移動する間に,後部座席で静かに息を引き取りました。
苦しまずに逝けたのが幸せだったのかもしれません。

今日葬儀が終わりました。
ふつうは開式から出棺まで1時間の式が30分も延びるほど,たくさんの方に送っていただくことが出来た母。式場に入れきれない方の分は受付ロビーにいすが並べられるのですが,そこでも足りず,さらにその奥の待合室にまで並べられたいす。

お年寄りの方は通夜にはなかなか出られることが少ないのに,わざわざおいで下さったお友達の多かったこと。
そして,みんなオイオイと泣かれるのです。

本当に母は,幸せでした。
たくさんの人から惜しまれ,元気な姿だけを皆の心の中に残して,あっという間に逝ってしまいました。

葬儀が終わって,家に着き,お花を生けても,「これでイイかな?」の問いかけに答えてくれる母がいないことが,寂しいです。

ありがとうございますのリコーダーのテーマを聴きながら,MRリーを思い出しました。

2009/11/29 (Sun) 01:08 | EDIT | REPLY |   

...zoi...  

osoさんへ

お母様 のご冥福を お祈り申しあげます。


逝ってしまった者を
残された者が
---本当に母は,幸せでした。--- と 言えるということは
とても 幸せなことです。
今は まだまだ 法要が続きますが、しばらくして それがひと区切りつくと、
ズンとした寂しさが訪れるんですよね~

今日は 父の命日でした。 私、実家に行っていたんです。
母のおのろけを聞いて帰りました。 口数少ない、がとても優しかった父の話を
またまたいくつも聞いて、帰りました。



> ありがとうございますのリコーダーのテーマを聴きながら

ああ、 あのリコーダーのテーマ、お好きなんですよね。
私もあれをYouTubeにアップした頃は、非常に辛い時期でしたので(楽天ブログを閉ざした時)、いろんな思い あるんです。特別なものです。

2009/11/29 (Sun) 22:34 | EDIT | ...zoi...さん">REPLY |   

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