映画『純粋の時代』レビュー


『純粋の時代』 専門家レビュー ②
 
チャン・ヒョク
순수의 시대 "Empire Of Lust" 


『輝いたり狂ったり』 専門家レビュー②



マスコミ試写会を終えたあと、 ただあらすじだけを華やかな形容表現で書いてある "あきらかな宣伝レビュー記事"は、たくさん上がってきていますが、映画専門家が真面目に書いたレビューは、封切り前のこの時期、そう多くはありません。

既にファイルした『純粋の時代』 専門家レビュー①※ には、 注目されていた筈のアクションシーンには触れてなかったのですが、こちらのレビューはアクションについても触れています。
が、ぼかした表現なので 内容を推し量れないのですが、プラス評価ではありませんので、ガックシ ^^ ;

今回のレビューは、映画の前宣伝やキャッチコピー、ポスターや印刷物のコピーから 観客に想像させたものと、実際の内容が大きく異なるという点に関してのレビュー。



最も 読んでみたいシネ21 による専門家レビューは、 まだ上がってきません。。。。



http://www.ilyoseoul.co.kr/news/articleView.html?idxno=108822
 
 映画『純粋の時代』、蓋を開けててみると  ...."情事の時代" ?

                                 송승진 2015.03.04 15:39 


映画「純粋の時代」は、朝鮮初期の第1次王子の乱を背景に監督の想像力が加わったフィクション時代劇である。 朝鮮初期の想像力を抜いた歴史的史料を見れば、王子の私が起こる前から鄭道伝とイバンウォンはお互いに考えている王の座を置いて 激しいした暗闘を繰り広げる。

まず、鄭道伝は李成桂の第八の息子を王座に就かせるために、静的なイバンウォンを明死神に送り、兵士廃止を口実に王子の手足を縛って動けなくし、彼だけではなくイバンウォンをはじめといる王子たちを地方官僚にしてしまう。 これ反旗を翻してイバンウォンは鄭道伝を削除するに至る....というのが私たちが知っている"第1次王子の乱"である。

映画『純粋の時代』 どうなのか?
王子の乱に、彼らは押し(?)の想像力、「歴史さえ拒否した血の色の記録」 という映画のコピータイトルを今一度見てみよう。


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コピーだけ見ると 劇の雰囲気はまるで鄭道伝(ソンドジョン)とイバンウォンの間に登場する仮想の将軍キム·ミンジェという人物が、それらの間でのアクションと策略の傍点を撮るように見える。  さらに仮想人物であるのキム·ミンジェという人物像は壮健で強固な魅力、また、優れた武将となっているので更に彼の活躍に期待が集まることは事実である。

しかし、この期待はそんなに長くは続かない。
映画の開始は広報フレーズのように「王子の乱」の雰囲気が流れる。
続いてキム·ミンジェ(シン·ハギュン)の戦闘シーンが登場し、彼に対する人物紹介は終わる。
そして画面を覆い被せるう情事映像。 李成桂の婿の役割を引き受けたカンハヌルをはじめ、イバンウォンのチャン·ヒョクの情事映像も登場する。 いずれの情事の相手役も母親の復讐のために生きる遊女であり、イバンウォンが隠しておいた妾のカフィ(カンハナ)だ。 私たちが知っている「王子の乱」に想像力を加えるといっても"それ"とは、距離が遠い姿だ。

朝鮮を建国し、朝鮮最高の전이と呼ばれる朝鮮開国を著わした稀代の人物、鄭道伝の最側近であり、完全力の最高司令官であるキム·ミンジェが、何故その時代の人物なのか、いくら想像力を働かせてイメージできない。 イバンウォンがしかけた色仕掛けに巻き込まれること自体が ナンセンスではないか? いや正しく言えば「色仕掛け」というより、実態は、その時代の美しいカフィに取り憑かれて、自分のすべてを注いで膨れる愚かな将軍だと見れば"ぴったり"だ。 
時代の視点で見る時、この部分を「純粋だ」という観客が果たしてどれほどいるか、疑問符が生じる理由だ。

映画を演出したアン·サンフン監督はマスコミ試写会が終わった後の懇談会で「ある一人の男が一人の女に対して抱いた感情、ひとりの女の一人の男への感情、その欲望が最も純粋で、最も望ましいの欲求ではないか」と述べている。


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映画の中で情事映像のほかであえて私が覚えている別のシーンを挙げろと言うなら、断続的に登場する扇情的なアクションだが、これも劇のコンテキストに描かれている蓋然性とは距離が遠い。

この部分に対してアン·サンフン監督は 
「映画で見せたい話は、その時代とその中で劇的に消えたヒーローや天才が中心とされた記録ではなく、他の人物を入れてみるのが"純粋の時代"の目標であった。 そのため、従来の「王子の乱」や歴史を扱うのとは別の方向の話が出てきた。 従来の武勇やストーリーに慣れててるので、映画を見ると、それとは違う見方ができる」と表現していた。

つまり、派手なアクションや策略、壮大な画面構成は思ったほど多くないということだ。監督さえに囲ま認めている様子なのに、なぜ 広報コピーには「血の色の記録」という単語を入して広報したのか疑問である。「血の色欲望」や「禁断の愛」などの映画に関連したコピーも多いにもかかわらず、である。

時代背景も まな板の上に上がった。
よりによってなぜ、朝鮮初期「王子の乱」かというものである。 アン監督は、時代的背景については「もともとはギムセフイ作家が書かれ原作 のシナリオがあった」とし「そこでは、時代が少し曖昧に処理がされたメロ中心の話だったが、その感情に対処する最も劇的な時代がいつなのかを考えた時、朝鮮建国当時の混乱期という考えが出た」と伝えた。

"最も劇的な時代"? そう劇的である必要が人々の注目を集めることができたのである。ここに映画関係者は「血の色記録という彼らの広報コピーと軌を一にする映画として観客を少しでも引き付けることができる方法ではなかったか」は、慎重な推論である


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全ての観客に対して、ポスターに正確な情報伝達をするということが容易ではないことということは認める。

しかし、ポスターを見た人に劇とはあまりに遠い距離のコピーで混乱を与えてはならない。
それのポスターを見て、また別の「王子の乱」を期待しながら、チケット代金を支払った観客にしてあげることができる最小限の道理だからである。


来る5日、映画『純粋の時代』は、観客の判定台に上がる。 来場者が期待して見る『純粋の時代』と、 映画製作会社と広報会社が眺める『純粋の時代』の違いがどのように大きな乖離に記憶されるかは、観客たちの持ち分として残っている。





『純粋の時代』 
専門家レビュー ①  http://1janghyuk.blog17.fc2.com/blog-entry-6652.html 






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